大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和29年(ワ)1121号 判決

原告 同栄信用金庫

右代表者 笠原慶蔵

右代理人 山崎保一

右復代理人 中川久義

被告 東洋硝子工芸株式会社

右代表者 渡辺久克

右代理人 寺坂銀之輔

〈外二名〉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

原告がその主張のとおりの手形要件を記載した被告会社代表取締役渡辺久克名義及び訴外先崎忠雄の裏書名義ある約束手形の所持人であることは当事者間に争がない。

証人後藤周一の証言及び被告会社代表者本人の尋問の結果によると、訴外先崎忠雄は、自分のために原告より金融を受けるについて、かねてより被告会社から保管を委せられていた被告会社の記名印及び被告会社代表者の印鑑を押して被告会社代表者渡辺久克名義で自己個人宛に右約束手形を振出し、これを原告に裏書譲渡して原告から金融を受けたことが認められる。

ところが右先崎忠雄が当時被告会社の取締役であつたことは当事者間に争がないから、仮りに被告の主張するように、先崎が被告会社を代理して、手形を振出す権限があつたとしても、被告会社の取締役たる先崎が自分のために被告会社から手形の振出を受けるに当つては、商法第二百六十五条の規定により、被告会社取締役会の承認を受けるを要し、これを欠くときはその振出は無効であることは明かであるが、その承認を得たことを認めるべき証拠がないから、本件手形の振出は無効であるといわねばならない。

原告は先崎の本件手形に対する裏書は隠れたる保証の意味でなされたものであるから、原告が振出人たる被告会社の直接の相手方で、原告は被告会社の代理人たる先崎と直接取引したもので、取締役たる先崎と被告会社とが取引したものでないから、商法第二百六十五条の取引に該当しないと主張するが、およそ約束手形の振出行為が商法第二百六十五条の取引に当るかどうかは、隠れた意思によるべきものではなく、手形自体によつて判断すべきものであるから、原告の主張自体理由がない。

また原告は手形の振出行為は同条の取引に該当しないと主張するが、同条の趣旨は、株式会社の取締役が取締役会の承認を得ずして、その会社と取引をすれば、会社の不利益を生ずるおそれがあるから、その取引を無効とするのであつて、株式会社がその取締役に対して約束手形の振出によつて、手形債務を負担することになるから、右の行為もまた同条の取引に包含することは明らかであつて、右主張も採用できない。

すでに手形の振出が無効である以上は、取締役会の事後承認によつて有効となつた場合でない限り、手形の所持人が受取人であると被裏書人であるとを問わず、また被裏書人が善意であることを問わず、これに対して無効を主張することができると解さねばならない(大審大正一二、七、一一判決参照)

よつて原告の本訴請求はその余の点を判断するまでもなく、失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 千種達夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例